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娘(10歳)が出かける前、喧嘩をした。いや、喧嘩とは言えないな。一人で生きていける大人と一人で生きていけない子供とのやり取りなんだから、対等な立場に無い。始めから力関係に差がついている。ハンデ無し、立場を利用した私の恫喝、もしくは雑音なんだ。

 

事の発端は、遠足の支度について。学校から配られたバンダナを巡って、不毛な言い合いをした。 

 

出かける前に自宅でつけていくバンダナを、前の晩丁寧に畳み、フリーザーバックに入れてリュックの中に忍ばせておくという無意味さと無駄な時間が、私は許せなかった。

 

前夜娘は、なかなか支度を始めなかった。まぁ、そんもん。久しぶりに見たケロロ軍曹のDVDに大笑いし、食後の団らんを楽しんでいたから黙っていた。先月は忙しく、帰宅時間が遅かった夫が今日は居る。パパが居る空間で観るDVDはベツモノみたい、ちょっとゆっくりでもいいか…。

 

20時から「シャワー入る前に支度を終わらせてー」と声を数回かけつつ21時半、まだ終わってなかった…。

 

なぜこんなに時間がかかったのか、不可解だったけれど敢えて聞かなかった。もういちいち質問して、ぐじぐじ文句を垂れることがいかに無意味かわかってるんだから。

 

 

 

翌朝、5時起きしてお弁当を作った。

 

リュックにお弁当を入れながら、手間取る娘の姿にイラッとした。出かける時間が迫ってきて焦りが足されると、たちまち黙っていられなくなる。黙って成り行きを見守ればいいものを、手を出してしまう。

 

娘 「自分でやるからいい!」

私 「これは横にしてこういれるの!」

 

娘がやると言ってるのに、言い終わる前に手を出していた。完全に余計なお世話だ…。このやり取りからイライラは大きくなり、どんどん止まらなくなっていく。一応頭の中では「やめとけやめとけ、黙って見とけ私!」と叫ぶのだが…。

 

その時にリュックの中から、ジップロックに入ったバンダナが出てきた。

 

私 「何なのこれ?いつバンダナつけるの?」

娘 「家からつけてく、今やろうと思ったの!」

 

バンダナは、キャップを被ってから一つに結んだ髪の毛に巻き、シュシュのようにするのだという。

 

はぁ?だ。ってことは、綺麗に折り畳んで、わざわざフリーザーバックに入れること無かったじゃん。欲張っていうならば、細長くしてリュックに括っておけば良かったんじゃないの?っつーか、そんなこと毎年やってるじゃない。

 

昨日の支度が遅かったのは、こういう無駄な動きがあるからだ!そう思い込んでから怒りは加速した。いや、加速させたんだな。

 

「なんでわざわざジップロックを使う必要があるわけ?あーそうね、ママがおやつ入れに…って渡したんだっけね。ママがね!だけどおやつ入れに使わないからバンダナを仕舞ったと…。「渡されたから使った」◯◯されたから△△した…っていう受け身ね。ママが渡したから?あぁそう、自分が必要かどうか自分で考えてから使ってよ!ママが渡したは関係ない! っていうか荷物の準備やり始めなかったよねぇ?何回か声掛けたのにさぁ、遅い時間から始めてさぁ、出かける時に使うバンダナ仕舞うっていう無意味な事して、無駄な時間を過ごしてさぁー。こっちは朝早く起きてお弁当作ってんの!朝起きないから早く寝ろって言っても寝なかったくせに、遠足の支度しろって何回言われたぁ?支度さえさっさとしとけば、早く寝れたのに!早く寝ないから起きれないんでしょ!忙しい中起こしてんの!すぐに起きてよ!ママに文句言われたくないなら、文句言われないようにすればいいじゃん!自分でお弁当準備して自分で起きて自分で行けばいいでしょー!」

  

もはや、何に怒っているのか自分でもわからない。私にとっての無意味と、私にとっての無駄はきっかけであり地雷。嫌いなお弁当作りと眠さを燃料に、怒りのスピードを一気に加速させ別の地雷も持ってきて、ここぞとばかりに声を出す。

 

私の脳は、怒鳴る事に快感を得ている。それは中毒のように、いつからか味をしめた。

 

事の発端はどうでもいいこと。放っておけばよかったこと。丁寧に仕舞っておいたっていいじゃない。なのに、やり過ごさずふっかけたのは私だ。まるで通りすがりに、肩がぶつかったといちゃもんを付けるチンピラのよう…。

 

 

 

 

今思えば、遠足の支度をやりたくなるような、「娘のやる気スイッチ」を私が押せば、このやり取り自体を回避出来たんだろうと思う。「私にとっての無意味」と「私にとっての無駄」に気づいてやり過ごせていたら、結果は違ったのかもしれない。

 

そもそも、放っておいていいのにさ。遠足の準備をしようがしまいが、黙ってていいのに。

 

怒りは課題。怒りに苦悩し、怒りをなんとかしたくてここまできた。でも、怒りだけなんとかしようとしても難しかった。やらない自分を責めたり、地雷に触れないようにする為だけを考えて、余計意識してしまう結果だった。

  

「やる気スイッチは、どんなことをすれば入るんだっけ?」という別の方向に視線をずらし、思いついたことをやってみれば、怒りの地雷に捕らわれることもなく、建設的なやり取りに導ける。そのスイッチを、私はもう知ってるはずなんだ。知ってるのに、怒りの回転数を上げて思い出さなくしたんだ。

 

怒りを止められない…と嘆きながら、このまま怒りで突っ走ってしまえ!と掻き立てる自分の存在を感じる。それに気づいていながら、「止まらない」なんて何いってんだか。「止まらない」じゃなくて「止めたくない」なんだ。

 

「出かける前は笑顔で送り出し、楽しさを安心して満喫してもらいたい。」それが私のやりたいことなんだけど、それをやり遂げる気持ちが怒りという楽さに甘えてしまい、散々な結果を呼び込んだ。

 

あーーーーー、頭の中でわかってるだけだ。頭の中でわかってても、実際に行動を変えなきゃ、わかってるとは言わない。

 

情けないほど幼稚な自分が、恥ずかしい。